ベトナムエビ

ベトナムは南シナ海に面し南北に延びる全長3,200kmに及ぶ海岸線を有し、水産は同国の主要産業の一つです。その長い海岸線に多数の河川が流れ込み北は紅河デルタから南のメコンデルタまで汽水域におけるエビ養殖生産は世界第五位を維持しています。

国連食糧農業機関(FAO)によると2017年の世界各国上位のエビ生産は、中国(120万トン)、インド(60万トン)、インドネシア(49万トン)、エクアドル(48万トン)、ベトナム(45万トン)、タイ(33万トン)で、ベトナムの生産量は2位(インドネシア)と3位(エクアドル)のそれらと僅差です。

ベトナムのエビ生産の60%はバナメイエビで残りの40%はブラックタイガーです。近年、上位各国は高価で取引できるブラックタイガー生産に注力し値下げ競争が厳しくベトナムのブラックタイガー生産を押しのける勢いです。

政府は今後エビ生産の成長率を7%と高い数字を掲げていますが、ボストン・コンサルティング・グループ(Boston Consulting Group: BCG)はその著書(A Strategic Approach to Sustainable Shrimp Production in Vietnam)で疑問符を投げています。今回、BCG作成の報告書を紹介し今後を検討したいと思います。

エビ生産は、Feed Mills(飼料工場)、Hatcheries(孵化)、Farmers(養殖農家)、Middlemen(仲買人)、Processors(加工業者)の各ステップから構成されるバリューチェーンで形成されている。

  • Feed Mills(飼料工場)

現在、4社の飼料メーカーが稼働。市場の80%を供給。飼料の多くはfish mealあるいは大豆の残余を混合した化合物。Middlemen(仲買人)によってFarmers(生産者)に持ち込まれる。

  • Hatcheries(孵化)

最大手はViet Usでメコンデルタに巨大の孵化施設を含む研究所を設立。同社は市場の25%を供給。約2,500社に及ぶ小規模会社が存在し市場の50%を供給。残りは輸入。

  • Farmers(養殖農家)

およそ22,000の生産者数。個人農家が多くエビ生産の65%を供給。残りの35%は大手・中堅のエビ製品生産会社による飼育。

  • Middlemen(仲買人)

農産物同様にエビに関して農家と製造者間の仲買人は現況部流システム(ベトナムは仲買システムからなかなか抜け出せない)に鑑み避けられない経過ステップ。

  • Processors(加工業者)

バリューチェーン全工程を管理する製造者は最大手Minh Phu Seafood(三井物産が出資)のみ。準大手はバリューチェーン前工程の会社に出資あるいは中間のFarmersとの契約でエビを調達。但し、調達エビの多くはMiddlemenから。およそ100の製造業者が稼働。

上記を理解したうえでの現状の課題は以下の通り:

(1) 低い生産率

Farmersの平均生産率は1.3トン/haで他生産国の平均値6.0トン/haに比べかなり低い。小規模農家の生産はロスが多く、これは餌の供給量・頻度、汽水域水質の悪化、抗生物質の大量供給等、多くの要因が関連。低生産率は抜本的改革なくして解決できず政府が掲げる高い生産成長率(7%/年)は不可能と報告書はほぼ断言。

(2) 病気発生と環境破壊

低い生産率と病気発生/環境破壊は密接に関連しています。メコンデルタ汽水域のほぼ全域はエビ養殖に利用され海岸線の浸食、塩水の河川への遡上、病気蔓延回避に投与される抗生物質、エビ飼育に利用される飼料(多くはfish mealあるいは大豆残余)に起因する消費者への健康被害と水質悪化、水質悪化した水の再利用に起因するエビ病気発生率の恒常化及び他作物成長へのマイナス要因等、対象が22,000程の小規模農家だけにどこから手を付けてよいのかわからないのが現況と推察します。

(3) トレイサビリティの難しさ

米国、EU、日本、韓国等の輸入国は頻繁にベトナムのエビ輸入を立ち入り検査して輸入を全面的に中止している。近年、中止回数が急増しています。検査の主な対象は抗生物質の含有量である。しかし、問題のエビがベトナムのどこから出荷されたかをトレイスすることは至難である。最近、トレイサビリティの重要性は関係業者間にも共有されているが、ベトナムではMiddlemenが異なる原産地エビを混ぜて集荷するためトレイサビリティをより難しくさせている。

輸入エビを再輸出

現在、国内生産(45万トン)の70%を輸出、更にエクアドル/インドから冷凍エビを輸入、そして規格(大きさ)別に冷凍エビを製品化して再輸出しています。再輸出する輸入エビはおよそ26万トンで、国内生産分の輸出(45万トンの70%、31トン)と併せて57万トンになります。

「エビは儲かる」を信じ中小エビ加工業者は輸入→再輸出ビジネスまで参入するようになりその数は100程度と言われています。この再輸出エビの行先は中国市場で、中国の輸入業者はハイフォン港で輸入されたエビを中小加工業者工場で製品化し陸続きの国境を越えて密輸するケースが多く中国政府は取り締まりを強化しました。

輸入エビの再輸出は国際ビジネスのモラル欠落を露呈しました。輸入エビにまで手を出す背景に国内エビ生産の低い生産率が関連しています。

世界第5位のエビ生産国ですが低い生産率は6位のタイに間もなく追い抜かれることが予想され、それ以上に、病気/環境破壊/トレイサビリティに関わる負のイメージを払拭することが重要です。

養殖池水質改善に資する攪拌パドルなる技術をJICA中小企業海外展開支援で試験的に実証された経緯ありますが、複数の養殖池を管理する中規模農家の意見ではメコンデルタ下流水質はもともと産業及び一般家庭雑排水を含み水質が悪く池に流水を導入した後に稚魚が全滅することもあります。このような状況下、一筋の光が見えてきました。

メコンデルタのバックリエウ省にあるViet Uc Seafood Corporationで同社が運営する施設は環境配慮・植物工場型のエビ養殖施設です。温室ハウス内に区画された生け簀があり、徹底的にトレイサビリティを実施しています。

生産日数・場所・エビの種親の原産国、供給する餌の種類まで追跡することが可能です。また、排水処理・再利用システムも導入され水管理も徹底されています。同社は海水エビが捕食する自然のプランクトンを餌にしているので抗生物質がもたらす人体健康被害の懸念もないのです。

しかし、Viet UcのバリューチェーンはHatchery(孵化)まで。将来は、中規模Processors(製造業者)による複数Farmersへの設備投資(特に養殖池の水質改善事業)とエビを買い上げる契約取引(Middlemen仲介を回避)を介し、生産率向上とエビ病気/環境破壊を少しでも改善する方向性は見いだせます。

バリューチェーンの垂直統合に向けてProcessorsに対するFDIは必要です。FDI誘致に資する政府の戦略的投資計画を緊急に必要としています。